厳選した国産信州牛すきやき、しゃぶしゃぶ、焼肉の宗石亭[長野県須坂市]

ギュウブロ

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2009年01月04日
賀正

昨年中は格別のお引き立てを賜り心から御礼申し上げます。
本年は皆々様に一層のご満足がいただけますよう努力いたす決意でございます。
何卒倍旧のご愛顧ご用命の程お願い申し上げます。

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元旦の米子不動尊は今年も凄い賑わいです。
ご利益のある御札を求める人々が長い行列を作っていました。
今年は例年に比べ雪の量が少なめ。暖冬なのですね、やはり。

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野沢菜も暖冬の影響でしょうか?食べごろを迎えるのが早いような気がします。
画像のように現在最高の状態です。
すき焼と野沢菜の相性は絶品です。新年会のご予約をお待ちしております。

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2009年01月09日
信州牛でハンバーグ?

ハンバーグのお話を少々。
信州牛(和牛)と長野県産豚肉を原料にしているハンバーグなんてあまり売っていません。
何故でしょう?
答えは、「高すぎてあまり売れない」からでした。
当店では、サービスランチでハンバーグ定食を800円で販売しています。普通に値付けをすると1100円~1200円が妥当だと思いますので、かなりのディスカウント率ですがいかがでしょうか?
牛肉の味がハッキリわかるハンバーグは希少だと思います。
なお、サービスランチはam11:30~pm1:30までです。少々お時間が短いので、ご注意ください。
ご来店をお待ちしております。


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2009年01月10日
信州の牛肉 特選素材

画像は近頃流行の和牛のミスジです。
こんなことを書いても、理解できるのはお肉屋さんだけだと思いますが、牛肉マニアの方々に、特選素材を扱うお店が使う牛肉用語の解説をしてみます。

ミスジ:ウデ肉(シャクシ)に一部。精肉店では歩留まりが落ちるのでここまで分割しませんが、磨き上げることにより肩ロースのザブトンと同等の評価をしています。
関西では刺身材として重宝されているようです。

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肩ロースと同等ということは、味が良いばかりではなく色・歯ざわりも優れている部位だと思います。
厚く切っても中心のスジを取れば大丈夫です。通常の厚さであればスジをつけたままでスライスします。

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美味しいですよ。
ミスジ。

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2009年01月12日
飯山みゆき豚 初荷です

飼養頭数の少ない飯山みゆきポークも先週末ようやく出荷されました。
初荷の検品をしましたが、今年もやはり高品質。
軟らかく豚肉の風味の立つ肉質はとんかつに最適です。

みゆきポークのしゃぶしゃぶも人気が出てきたようです。国産牛と一緒にしやぶしゃぶするのも、リーズナブルでしかもたくさん食べられます。
お試しください。

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2009年01月14日
降りましたねー

久しぶりのまとまった雪でした。
やっと冬の信州らしい景色が現れます。
こんな日に露天風呂に入ると最高。
そして生ビール。

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近隣のスキーゲレンデも全面滑走可能。
信州へスキーと露天風呂そして信州牛を味わいにお越しください。

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2009年01月19日
信州の牛肉 特選素材2

信州牛のトモ三角。
当店では上ロースとしてお召上がりいただいています。モモ肉の一部なのですが、この部位とランプ肉の一部のイチボはモモ肉らしからぬ濃厚な風味と軟らかい歯ざわりを併せ持ちます。
しかし、モモ全体の2%ぐらいしでかないので希少です。

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今年も信州牛の選りすぐりが入荷中です。
ご来店をお待ちしております。

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2009年01月29日
信州すざか みそすき焼1

「おたくではみそすき焼をたべられるのですか?」というお客様からのお問い合わせを何件か頂戴しております。
某テレビ局からも問い合わせがありました。
しかし、残念ながら当店ではみそすき焼はメニューにございません。二種類のすき焼を同時にご提供するのは不可能です。
しかし、地元飲食店の皆さんが町おこしとして積極的に取り組んでいらっしゃるようなので、応援としてエピソードをご紹介します。

ご存知のように須坂は味噌・醤油醸造業の会社数が人口の割合に対して多い町です。
その昔、信州の田舎では来訪者にご馳走をもてなすにも素材があまりにも少なく、せめて飛び切りの味噌汁を提供したい、という思いが地元の人々の心の中にありました。
そしてその後、須坂の製糸業の大発展とともに来訪者と工員たちの大量な需要により高品質な味噌が作り続けられ、今日に至っています。

「須坂市は、寒暖の差が大きく、みそ造りに大切な発酵・熟成に適した環境にあります。その風土を生かして、市内醸造元では良質の国産大豆と代々受け継がれてきた優れた技法を用い、心を込めて現代人に好まれる”みそ”を造っています。」(須坂市観光協会みそ料理乃會より)

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さて、当店の創業者坂田本冶郎は、青年時代に海軍軍人として横浜を拠点にしていたようです。
大正時代当時の横浜といえば、文明開化の食べ物「牛鍋」を商う店が大層繁盛していたことが伺えます。
その当時の信州では、まだ牛肉そのものが流通さえしていなかったかもしれません。
兵役を終えた本治郎は生家の農業ではなく、家畜の取引と流通販売まで、そして飲食店も併設している牛鍋屋を開業しようと試みます。
これは当時の飲食トレンドの先端です。しかし、牛肉が食卓にのることは一般的でなかったようです。

祖父本治郎は横浜で牛鍋を食し、さぞかし感動したことと思います。
そして、その牛鍋は味噌仕立てだったかもしれません。
横浜だけでなく、全国的にその傾向があったようです。素材が良くなり、牛肉の消費量が増えるとともに味噌風味の割り下は醤油仕立てになってきました。
これも時代のニーズだったのだと思います。

当店の創業当初の割り下は「味噌」を使用しておりました。正確には醤油ベースに味噌風味を加えたものです。
これは須坂の人々が味噌好きだったからではなく、素材に要因があったと想像しています。
戦中戦後の食糧難の時代に祖父は軍用馬の払い下げの地域担当者の重責を仰せつかり、食肉の供給に一役かいました。
穀類不足の食糧難の時代の須高には、牛や豚よりも馬が多く飼われていたのです。
(続く)